Treasure
どうしまつさんに書いていただきました。

--------------------------------------------------------------------------------------------------







SHADOW DIVISION Novelization
 この世界の夜は暗く、そして長い


 起  一枚でも二枚でも一緒だ

ブライアン・オコーナー。アダムスター警察の刑事で、ジェダ・クラムリーの祖父の部下だった男から、こんな話を聞いたことがある。
「カイイチ、人間にも羽根がついているらしいな」
 それは風の強い十一月の夜のことだった。
警察回線のスクリーン越しのブライアンの頭髪は、まだ四十前だというのに見事に禿げ上がっていた。二年前にニューヤードで会った時と比べても、頬の肉が一回り増している。
「ブライアン、何の話を始めるつもりだ?」
 俺は煙草を指に挟んだままで、革張りのリクライニングシートに背中を埋める。ニューヤードとアダムスターとを跨いだ先月の事件について、長時間の情報交換を今しがた終えたばかりだった。いつしか日付は翌日へと変わっている。疲れた――などという気は無いが、といって改めて会話に集中する程の熱意も湧かない。例えるならば、本戦が終わった後の消化試合程度の話題だろうと考えていた。
「まあ聞け。この間知り合った神父様に聞いたんだが、人間の背中には俺たちの目には見えないだけで確かに羽根が生えているらしいぞ。天使と同じ、アレだ」
 ブライアンは気を悪くした様子も見せず、なおも突拍子のない話を口にする。
その言葉を一笑に付すこともできたが、ブライアンがこの話にどうやって落ちを着けるのか興味もあった。いつかロッシにでも同じことを訊いてみるか――漠然とそう思いながら、話の先を促すように黙って煙草を口にする。
長時間の接続にもかかわらず、緊急を告げるメッセージも一本も割り込んでこなかったし、蜘蛛丸も足元で眠そうな目でうずくまっている。
ニューヤードにしては珍しく、平和な夜だった。
「だがな、カイイチ――」
 スクリーンに視線を戻すと、ブライアンは口を歪めていた。
「――人間の背中についた羽根は、片方だけなんだと」
「アダムスターで検挙率一、二を争う敏腕刑事の台詞には聞こえないな」
 俺の皮肉混じりの言葉など聞かなかったようにブライアンは続けた。
「もちろん、神様にとって俺たちに羽根をつけるなんて造作もない。一枚でも二枚でも一緒だ」
 ここまで話を聞いても、ブライアンが何の意図をもって話をしているのか、さっぱり判らなかった。だが、出来の悪い冗談とは切って捨てられぬ奇妙な熱っぽさが、スクリーン越しに伝染しようとしていた。
「つまりな」
 ブライアンがその赤ら顔をスクリーンに近付けてくる。質問を投げかけようかと思ったところで、ひどく真剣な顔が大写しになって俺は口を噤んだ。
 ブライアンは、大事なことを伝えようとしていた。
「カイイチ、神様は敢えて、俺たちを不完全に作ったんだ」
 そこでブライアンの話は唐突に終わった。



 承  ここは、アダムスターより暗い

 陽の光は嫌いじゃない。ただ――暗さに慣れすぎただけだ。
 ブライアンのことを夢で思い出した翌日、俺はベッドから起き上がるとシャワーを浴び、身支度を整えて自宅を出た。昨夜ジェダの歓迎会でシンやロッシに飲まされ過ぎたせいなのか、それとも明け方に見た夢のせいなのか、後頭部がまだ鈍い痛みを訴えている。俺は、まじん亭に寄って、最後の一つだったリブサンドとホットコーヒーを買うと、ジェダのアパートメントへ向かった。
 歩きながらコーヒーを飲むうちに、ようやく頭の痛みが引いていく。昨夜のうちに一雨降ったらしく、舗道の水溜りが青空を映していた。俺は煙草をくゆらせながら、水溜りに映った陽の光に目を細める。
一日の始まりとしては悪くなかった。
電車を降りて喧騒の中をしばらく歩くと、そこはもうジェダのアパートメントだった。
 彼女は、朝から精力的に部屋の掃除をしていたようだった。持ってきたリブサンドを手渡すと、部屋を見渡す。 
「ちょっと殺風景過ぎやしないか」
俺の言葉に、
「三ヶ月ですから」
早くもリブサンドを口に咥えながら答えてくる。自分の研修先が何故ニューヤードになったかかを知らぬ素直なその答えに、俺は
「食うの早いな」
 ただそれだけ言葉を返すと、外へと誘った。
 仕事だという俺の一言で、彼女は質問一つせずについて来た。あれこれ詮索することなくきびきびと制服に着替えるその小気味よさに、俺は僅かに頬を緩める。
 そして彼女に車を運転させて数十分後、俺たちはニューヤードでも一、二を争う高さのフィナンシャルスクエア・ビルの屋上に立っていた。
 ビル自体は、俺は何度も来たことはあった。だが、そこから見る景色は、先ほど下で見上げた時と様変わりしていた。
 一体、いつの間に天気が変わったのか。
この街に住んで長い俺ですら時に驚くこともあるのだから、昨日来たばかりであれば尚更だろう。まだ夕暮れ時にもかかわらず、ここフィナンシャルスクエアの上空には暗く禍々しい瘴気が渦を巻き始めていた。
恐らく蜘蛛丸も既に辿り着いているだろうが、その姿は見えない。俺が今日彼女に何をしようとしているのか、言わずとも察しているらしかった。
俺は刀を抱えると屋上の縁に腰を下して煙草をくゆらす。数歩離れたところでは彼女が茫然とした様子で立ち尽くしているが、それも無理からぬことだった。
ここは、アダムスターより暗い。
手持ちの煙草を吸い終わると、しばし眠ることにした。



 転  俺は影を切り裂いた

「……来た」
 俺は、その予感に目を開いた。既にニューヤードの街は夜の帳に包まれている。この高さから目を凝らしても見えるものは殆どない。だが俺は、粘り気を持ち始めた風に混じって、慣れ親しんだ気配が近づいてくるのを感じ取っていた。おもむろに煙草に火をつけながら立ち上がると、刀の重さを確かめながら軽く首を回した
「え、何が……」
 ごく当然の質問を発したジェダだったが、その言葉は耳をつんざく突然の異音にかき消された。
「耳を塞げ。鳴くぞ」 
 敢えて感情を込めずに彼女を突き放す。彼女は整った顔を歪めて不快な異音に必死に耐えている。
これは賭けだった。俺にとっても、影課にとっても。そしてこの言い方が許されるならば、俺たち全ての未来にとっても賭けだった。だが――
ぞわり、そこで俺の背中に何かが走り抜ける。
今夜は、でかい方だった。
 空を見上げなくとも判る。どうやら彼女の面倒を見ている余裕はなくなりそうだった。
 俺は彼女から視線を逸らさないままで、その言葉を口にした。
「影だよ」
そのまま返事を待たず背中をひるがえす。煙草を捨て、左手で刀を握り締めた。
上空には、禍々しい影が浮かんでいた。
腹に力を入れて半身に構える。狙いを定めて素早く屋上の縁に足を掛ける。
刀を振り下ろそうとした、その瞬間だった。
「中に人がいます!」
 柔らかいものが後ろから俺を勢いよく押し倒した。俺は強かに背中を打つ。
直後、ふわりとした黄金色の巻き毛が目の前に広がった。
「な……」
「駄目です。人が中にいます!」
 思わず俺は絶句する。青い瞳が真直ぐ俺を見ていた。
 答え自体は予想していたはずなのに、
それを自分の耳で聞きたいがため彼女をここに連れてきたのに――
にもかかわらず心臓を貫かれた。
 ダン・クラムリーの瞳の色とその遺志と受け継いだ少女が今、確かに俺を捉えていた。
「本当に視えるのか」
 愚問と判っていても、思わず言葉が震えた。
    *  *  *  *  *

 だが――それとも、そして、と続けるべきなのだろうか。
結論から言えば、その夜も俺は影を切り裂いた。
彼女は屋上で、すすり泣いていた。
いつしか雨が降り出していた。



 結  この世界の夜は暗く、そして長い

最後に言葉を交わしたあの時、ブライアンは俺に何を伝えたかったのだろうか。
俺たちの背中にも羽根がついている――この話を伝えたいがために、事件をダシにコンタクトを取って来たのかもしれない。そんな馬鹿げた想像が浮かぶほど、あの時の会話は奇妙なものだった。結局何の落ちもなかったにもかかわらず、尻切れになった会話にはざらりとした妙な存在感があった。
 ジェダが影課――特殊犯罪課に配属されることになって、不意にあの時の会話が記憶の底から蘇ってきたのは果たして偶然なのか、俺には判らない。
だが、もしかしたら神は彼女に羽根を二枚つけたのではないだろうか。そう思わせるものが彼女にはあった。初めて会った日から十年以上経つというのに、陽光を思わせる黄金色の巻き毛とその下の一点の曇りもない笑顔は、俺の瞼に焼き付いていた。
ブライアンはあの夜奇妙な話題を持ち出す前、きっと彼女を思い出したに違いない。次第にその思いが心の奥底から湧き上がってくる。
確かに彼女は、光そのものだった。

 機会があれば、ブライアンに真偽のほどを確かめてみたいのだが、人生はそれほど簡単ではないらしい。結局、ブライアンとはあの後、二度と話をする機会が無かった。
 俺たちが互いの健康を祝して会話を終えたあの日から数カ月後、真面目くさったブライアンの顔がニュース記事に大写しになって報じられた。
 両腕が切り落とされた刑事の死体が早朝の路上で発見された、との説明が付されていた。
 
残念ながらこの世界の夜は暗く、そして長い。


 完











--------------------------------------------------------------------------------------------------

信頼の文章。手元ばかり見て道に迷った時は上を見上げることにしている。
どうしまつさんが再構築してくれたこの高いビルが、いつも明示してくれるのだ。
問うべきこと、挑むべきもの、大きな大きな 憧れも。





←TOP
















inserted by FC2 system